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周波数の高い世界とは その3

以前 私が書いたブログでの 半永久的ランプの話を覚えていますか?
ランプが壊れて消えるよりも 自分の命のほうが先に消えるかも?
そうなった後のランプは・・・やっぱり存在しない!!
だって このランプを見ている 私自身が存在しないから・・・

20121026c.jpg

これは生きているときも起こる 自分の意識の外に出た事柄は
存在しない・・・ だって今この瞬間しか 物事は存在していないから

要約するとこうなのですが 詳しくはブログを参照下さい。

このことは 本当に思えば思うほど 真実じゃないか と
思えてくるので 先日 師に会ったときに ちょっと聞いてみました。
すると「その通り!!」と言って下さったのです。

私は思わず「よっしゃ~~~!!」とかけ声とガッツポーズを出して
しまいました。
というのも ここが本当に私の探求の分かれ目だったので
あの仮説がそうだとしたら 本当に目指すことは 一つだけだと
思ったのです。
それは 師にもその時 助言頂いた「ピュア」であることでした。

要望が在るから 立場があるから 出来なくても ごまかしてでも やる
やりたくないけど 仕事だから 適当にやっとく
期待に応えたいから 通常こうだから 基本こうだから・・・
人に嫌われたくないから 自分の気持ちを我慢してなど。

自分の意に反して 物事を行うことは 社会的にはよくあることでも
実際のところ決してピュアではないですよね。

私は正直がモットーだけど 無理をして頑張って というのは
もちろん経験があります。それでも これは ピュアではありません。
そうです、社会に生きているとピュアって結構難しいんです。
ですから まずは 自分自身に嘘をつかないことから 
始めることにしたんです。

自分が存在している世界は もう個を超えているとします。
しかし 三次元を生きて行くには とりあえず自分は存在します。
そして 自分の意識が、いまある世の中という 自分の世界を
作っているとしたら どんな世界にしたいか?って まず考えます。

すると 嘘のない 愛に溢れた ピュアな世界 って思います。
ブログで書いたように コントロールの操縦桿を握って
例え 意識によって どんな風にも変えられるとしても
肉体を持って三次元を生きているのは この自分だから。

だから 常に ピュアでいることは 自分の世界を真実で生きる世界
に出来るということ・・・・
しかし その後 自ずと その操縦桿を握っているのは
自分ではないと 気づくときが来ます。

20121026b.jpg

もっと高い意識の世界とコンタクトを取れるようになるのは
きっと そういう状態になったときなのでしょう。
より周波数の高い世界が 私たちの周りに現れてきて
宇宙の友達とも同じ周波数で向かい合える日々がやってくることも
夢ではなくなると思うのです。

そのためにも 私はもう「わかろうとすること」を やめたのです。
だって 何かが わかったところで それは 自分の中のできごとで
誰かにそれを証明するものでも 認めてもらうことでもなく
何だか ほっこりと 嬉しくなる できごとが やってきたのなら
ありがたく受け取れば いいことだからです。

ここで 高い周波数の世界を感じたときに 世俗との違いによる 
孤独感について 私の経験を元に書きたいと思います。

結局、この世が幻想だと知ってしまった後、もうその幻想に
振り回されることが ばかばかしく思えてしまうことが発端です。
しかし、このことを言っても これは 少し 言葉を超える概念になるので
幻想側の人には 何を言っても 理解されません。

これを言い続けると「おかしな人」となって 友達だと思っていた人も
離れていくかも知れません。「不思議ちゃん」と呼ばれるかも知れません。
こんなことなら ただ楽しく生きていられる 何も知らない側でいれば
良かったと思うことも 多々あることでしょう。

でも 高い意識の世界を知れば 知るほど 自然が織りなす世界
石などのエネルギーの世界 五感に訴えかけるものにまで 様々な変化が
あらわれてくるのです。以前の平凡で 人の目を気にして 単なる
毎日の繰り返しだけの世界では 到底満足など出来なくなります。

だからこそ自分を愛し 自分の世界観を愛し ピュアでいることが
大切になってくるのです。はじめは孤独に感じるかも知れません。
誰もわかってくれないと落ち込むかも知れません。でも基準なんてないんだということを思い出して、自身が美しいと思うものは美しい
楽しいと思うものは楽しいと 自らの感覚を愛していってください。

そうしていくと なぜか 不思議と 周りとのつながりが見えてきます。
一人一人が違うということが 美しく素晴らしいことに思えてきます。
そうです 違っているからこそ 美しいのです。
それこそが 「ワンネス」だからです。

オーケストラに例えるとわかりやすいですね。
全員が同じ楽器だったら 交響楽はなりたちません。
「ワンネス」とはみんな同じになることではありません。
一人一人の違いが生み出すことによるシンフォニー 調和なのです。
そうです そんな風に いつの間にか孤独感は消え去っていきます。

師はおっしゃいました。
「長い紐の両端に例えるほどに「離れている」とお互いに違いを感じた時
その紐の先端を持って くるりと円にしたら そこが一番近いんです」と。


Mama Sophie


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