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蜘蛛の糸の別解釈で気づいたこと・・・

蜘蛛の糸の別解釈で気づいたこと・・・

先日、何気なしにネットをみていたら
芥川龍之介の蜘蛛の糸はなぜ切れたのか?という
内容のコラムに出会いました。

芥川龍之介の蜘蛛の糸といえば 小学校か中学校の
教科書にものっているような有名なお話ですね。
image33.jpg

地獄にいる大悪党の男が生前 小さな蜘蛛の命を助けたことから
慈悲を感じたお釈迦様がチャンスをやろうと
蜘蛛の糸を地獄に垂らしてあげます。
それを見つけた大悪党の男は 蜘蛛の糸につかまり天に向かって
登り始めます。その光景をみた他の悪党達も続いて登ってきます。
何百 何千人ともいえる大勢の悪党達が登ってきたので
大悪党の男は、細い蜘蛛の糸が 重みに耐えかねて切れてしまう
と思い、「これは俺の糸だ おまえ達は降りろ!!」と
叫びます。
そのとたん、蜘蛛の糸は 男が持っているちょうど手前で
ぷつんと切れてしまい。元の地獄にまっさかさまに落ちてしまった。
というお話です。

これは 自分のことばかり考えて 相手を思いやらないから
罰があたって切れてしまったのだ という解釈だったように
思います。

そんな蜘蛛の糸について とあるコラムでは
なぜ蜘蛛の糸は切れたのだと思う?と第三者に尋ねます。
そして こう締めくくります。「信じなかったからだ」と

私はこの解釈に久しぶりに感動を覚えてしまったのです。
これは俗に言う やったことが帰ってくる宇宙の法則を
表しているんだと思っていたけど こうきたか!!と思えるほど
まるで宇宙からのメッセージのようにまで感じたのです。

そうなんです。神様が垂らしてくれた蜘蛛の糸は
神様が創造した代物です。神様が創造したものは絶対に完璧なのです。
助けようと垂らした糸は切れるはずなどないのです。
だから 信仰心があれば 自分を初め 全員に助かるチャンスを
あげることが出来たわけです。

「信仰心」といっても 何も宗教に入って なんらかの
信仰を持たなければならない とかいってるわけではありません。

つまり神様が創造したものは完璧であるということは 
私たち人間も、この周りにある状況も 
良いも悪いも全てにおいて完璧だということなのです。

本当の信仰心というのは こういうことではないか?と
神様に手を合わせて願いを叶えてほしいと
祈ってばかりいるのではなく、全て完璧であると信じることだと。

こうすれば良かった ああすればよかったなどと 
私たちは後悔したり 念のためにと未来について準備します。
全て完璧なんだと宇宙を信じることが出来たなら 
必要だったから今の現状があるんだと理解できます。

そして 自分が神の創造物であるならば 限界を決めているのは
自分の勝手な思い込みなのではないか?とまで思えてきます。

この寓話のおかげで「信じること」の本当の意味がわかった気がして
感慨深い気持ちでいっぱいになったソフィーでした。(o^^o)

忙しいだけの毎日から気づきの毎日へ
日常の何気ないことが宇宙からのメッセージだったりします。
あなたも ちょっとした些細なことから始めて見ませんか?

Mama Sophie

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